詩 書 展 望




ダニエル社に寄贈頂いた詩書から、ピックアップしてご紹介します


『鼓膜の内外』 吉田 ゆき子


『幻影の足』  有働 薫


『草地の時間』   村野 美優




                吉田 ゆき子 詩集 『鼓膜の内外』 (思潮社)

            
            


                        *プロフィール
  
  目次  神の手料理  8              貝  56 
       結び目  9                 ハナショウブ  60
       アライグマ  11              浦和中山道の  62
       必然の糸  15               木を伐る事になりました  64
       ストーリィ  17               地球儀  67
       ふるさと  20                鉄塔  70
       サマーウェーブ  23            N氏西安・敦煌スケッチ集  74
       笑いネコ  26               奥日光  78
       野ばら  30                 砂風呂  80
       カラスカアスケ  33            炎  83
       酒田港  37                浦和祭り  86
       チン!  40                 勝一さん  88
       石材  45                  二十三夜  90
       石材 その二  47
       今と昔  50                 カナリヤ物語  94
       無言  53                  草の島  96
  
   長い年月をかけて育まれて来た言葉が、清新な確信を持って植えられて行きます。
   合理的な理解の道を少しだけ逸れることによって、
   とても新鮮で野生的なイメージの拡がりが、
   改行される言葉の独得のバランスによって次々と生み出され、
   心の田圃に植えられたどの作品にも、人のはやる心を諌める言葉が、
   素朴で力強い足跡として記されています。

  
     詩集から『必然の糸』をご紹介します。
  
       『必然の糸』

       隕石から糖がみつかった
       生命は宇宙からきたのだ

       ここへくるのだよ
       星明かりに浮かぶ
       部屋の片隅に  
       ひと粒――わたし

       わたしの源は
       銀河系より遠い

       ここへくるのだよ
       宇宙空間は必然の糸

       星に育まれた
       遺伝子の撚糸
       時間の波に織られ
       詩は始めからうねっていた
    
       わたしを揺らし 
       赤い海流
       詩の海は
       いくらでも深くなる

       あれは ここへ
       これは あそこへ
       ――ここへくるのだよ




                   有働 薫 詩集 『幻影の足』 (思潮社)

            


                         *プロフィール

    目次  西の丘
          まぼろし  8
          セレナード  10
          豊坂  12
          西の丘  14
          ユリの木の下で  18  
          贔屓  22  
          村  24
          庭  28
          実生の枇杷の木  30
          雪野  32
          昼の時間 ユベール・ド・リューズの協奏曲による三つの詩  36

        幻影の足
          甕棺  44
          月の魚  48
          エリデュック  52
          茗荷の港  56
          ランボーの右足、エイハブの左足  62
          マリアの家 旅の順序にしたがう三つの詩  66
          左右の距離  74
          柿に赤い花咲く 二〇〇九年七月二十八日の夕べのための詩  78
          傷つく街 二〇〇九年十一月十六日の夕べのための四つの短い詩  82
          ビザンおば様!  90

          装画=辻憲「小運河暮色」


   本詩集に充溢する、深い心象を予感させる存在感のある装画・装本です。
   人は鏡ではなく、言葉によってこそ自らの全身と相見える事を示す、
   心の奥底を抉るきっぱりとした作品が並びます。
   安易な了解を伴う判断を拒む詩の数々は、作者の精神の背後から、
   逆光の様に私たちを照らします。
   創造された身である事を、強くしなやかな諦念の形を帯びた心が引き受け、
   さらに招かれて創造の場に置く作者は、
   朽ちるものを見つめる朽ちない目を育てて止まず、
   言霊に寄り添われつつ記述されるものは、確かに言葉に置き換えられていますが、
   私たちを圧倒する、創造の予感が充満する塊として迫って来ます。


     詩集の中から『まぼろし』をご紹介します。

        『まぼろし』  
          
        落ちていた埃を
        手のひらに拾うと
        鼠のかたちの影になった

        夕闇の部屋で

        このあたりでは
        ついぞ見かけなくなった
        害獣を
        殺すことにも慣れたと言っていた

        首都の谷間に住む妹の
        息子に子は生れただろうか




                  村野 美優 詩集 『草地の時間』 (港の人)

             


                          *プロフィール

   目次  一個の実   8
        手   10
        青いドア   14
        空のタ−ミナル   18
        公園の思い出   22
        藍色のうさぎ   26
        小さな風   30
        寝床のふね   32
        草の音   36
        日陰のダンディ−   40
        ハルジオン   42 
        原っぱ   46
        ささやき   52 
        夏休みラジオこども科学的ではない電話そうだん
        「こころってどんなものですか」   56
        ジョロウグモ   60
        女神   65
        土くれ   68
        パン   70
        春のスタンド   74
        つくしのポ−ズ   76
        草地の時間   80


   とても柔らかな手触りのシンプルな装丁・心の籠もった造本は
   詩作品の内容に敬意を示すかの様な佇まいです。
   この詩集の作品を通してまず感ずることは、
   言葉と描かれる世界に対する作者の謙遜の姿勢です。
   作者は個々の言葉に挨拶をしてから詩を書き始めるかの様です。
   詩集の最後の作品に至り、
   再び初めの詩に戻って読み直したい心持になるのも不思議なことです。
   それは一つひとつの作品においても同様で、最後のフレ−ズが冒頭への回帰を促します。
   それは描かれる世界が推移しても、詩人の眼差しは動かず、
   詩の中に創造的な時間が均一に張りつめているからで、
   心に焦点が合った言葉が注意深く選ばれているのを感じます。 
   読者は作品を読んで、自由を獲得した言葉の自立した比喩を聞くことでしょう。


    詩集の中からタイトルポエム『草地の時間』をご紹介します。

      『草地の時間』

      住宅街を歩いていると
      空き地の前で
      いつも足を止めてしまう

      旧い家が壊されて
      新しい家が建つ前の
      (草地の時間)
      わたしが生まれてくる前と
      死んだ後の時間も
      そこを流れているような

             *

      夜明けに床に横たわり
      しかばねの姿勢になると
      からだは土に抱きとめられて
      立ち昇る蒸気のように
      息をはじめる

      開け放した窓からくる

      ロ−ズゼラニウムの葉の

      すずしい息と

        わたしの息が

          交ざり合うとき

        この家の床にも

      ひととき流れる

      草地の時間が


                           

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